2015年2月5日木曜日

記憶

 こんな映画を観たような記憶があるのです。
 野には一面の花が咲き広がり、ただの一つとして同じ色をしてはいない。みんな風に揺れて、どこからかのどかな歌声がきこえる。そう、エオリアのハープのような。すべてがそれぞれの色で、それぞれの音。何一つとして同じではない世界の中心に、誰かはいるのです。それは私ではない。男だったか、女だったか。いえ、きっと女です。女に違いありません。その映画はラブストーリーだったようなきがするのです。そうでしょう、だってこれほど優美な風景が描かれるのですから。そこでの声はすべて詩にならねばならないのです。惨たらしい復讐劇は荒野で、だれもが墓標に埋もれて終わらねばならないように。
 その映画の出来をいえば、けっして良いものではありませんでした。日々は平凡、幸でも不幸でもない。配役もよくない。主人公の男は、個が花開き、咲き乱れ、また個を産んでゆくような野原に相応しくない平凡な人間なのですから。そいつの顔はまったく思い出せないのです。ただ、相手の女性はすごく良かった。ええ。美しくはないのですけれど、けっして美しくはないのですけれども、安心させるような、ね。わかるでしょう。
 とはいえ、このほんのきらびやかなシーンしか印象に残っていないのです。聞いてみても、誰もしらない。きっと駄作も駄作だったのでしょう。ですが、あのシーンは良かったのですよ。本当に、良かったのです。